風邪を引かない人になりなさい。
「這ってでも会社に出て来い!」
体調不良を理由に休暇を願い出ても、にべもなく拒絶されてしまう。そんな時代があった。為せば成る。そう信じる精神論が、この国ではつい昨日まで脈々と息づいていた。滅私奉公を強要される社会では、体調不良など気が緩んでいる証拠。甘えるのもいい加減にしろ、と跳ね返された。さすがに平成も終わろうとしている現代では、感染症の知識も深まったこともあり、健康を精神論で管理することを求める声はあまり聞かれなくなった。偶然かもしれないが、電通が鬼の十則を手帳に掲載しないと決めた2017年は、精神主義の崩壊を象徴する年として広告業界の歴史に刻まれるかもしれない。
さてさて。という時代背景をふまえて、あえて君に、一流になるための条件を課そう。風邪を引く人になるな。今後いっさい私は風邪を引きません、と誓いなさい。
風邪を引くな?
無茶苦茶な要求です。人間だから、どんなに予防対策をしても風邪を引くときは引くし、引かないときは引かない。精神論の時代は終わったと、いま言われたばかりではないですか?
その通り。今回のテーマは精神論ではない。
風邪を引かない人になるしかない
こんな言葉は失礼かもしれないが、デザイナーに欠員が生じても、代役はいくらでもいる。チームプレーのできる職種だから。しかし、コピーライターはそうはいかない。そのくらいは、ルーキーの君でも既に経験済みではないか。いざという時、私たちは決して休むわけにはいかない。風邪を引いている暇など与えられていない。ならば、風邪を引かない人になるしかないではないか。努力、根性、意思をもって風邪を退治しろと命ずれば、それは確かに精神論になるだろう。が、努力や根性で風邪を退治できるほど、風邪を引くシステムが単純でないことは、君も知っているとおりだ。人は、理由なく風邪を引くことはない。いま風邪を引くことが必要だから、風邪を呼ぶ。人体の中の何らかの臓器か脳か、あるいは免疫システムか、何かの指令で、君は風邪を引き、そしてそのことで、君の体は守られている。このような人智を超えた営みに君は介入することはできない。少なくとも、いま(2018年)はまだ。ただし、これは、君が普通の人間だと仮定しての話だ。君が風邪を引く必要のない人に次元シフトすれば、風邪は引かない。
では、どうすればシフトできるか?
くどいようだが、うがいを習慣にしなさいとか、睡眠を充分にとりなさいとか、ヨガをしなさいなどといった、予防や対策のレベルの話をしているのではない。自分は風邪を引かない人間になる、といまこの場で覚悟すること。そして宣言すること。覚悟さえあれば、風邪を引かない人間になれると考えるのは、ただの思い上がりにすぎないが、その覚悟さえ持てない人間が一流の階段を登ることは決してない。
君がそれでも風邪を引いたら
大事な日に、覚悟を決めた君がそれでも風邪を引いたら、君はそこまでの人間だったということ。コピーライターは辞めたほうがいい。一流になることより、風邪で体を守ることが重要だったか、あるいは、君には他にやることがあるだろう、というメッセージだ。あっさり方向転換することを勧める。逆に、君がまったく風邪を引かなくなったら、コピーライターの神様が君に微笑んでいると判断して間違いない。このまま一流のコピーライターを目ざそう。
今回の話には、まだまだ先がある。君自身が、風邪で病欠しなくなるだけでは、一流になったとはまだ言えない。君のいるチームのメンバー全員が風邪を引かなくなって初めて、君は一流のコピーライターになったと認められる。事程左様に、一流という存在の力は計り知れない。
一流になるリスク
最後にもう一度繰り返すが、風邪は君の体を守ってくれている有難い存在だ。本来なら、風邪を引かなければならない状況なのに、それをないことにする行為は不自然なことだ。無意識に精神に緊張を強いている状態、いわば“心が張っている”ことになる。いつか、何らかの原因で君が精神的なダメージを受けたとき、その“張っていた心”が一挙に解け、致命的な肉体的ダメージを誘い込まないとも限らない。一流になるために風邪を引くことを拒否すれば、君には失うものも多くあることを改めて訴えておかなければならない。
一流になるには、それだけリスクがある。それでも君は、目ざすのか?
今日は、ここまで。
なお、風邪について、さらに詳しく学びたいなら、『風邪の効用』(野口晴哉著)という本が参考になる。